八方美人 8月12日

山下さんいなくなって、竹口さん来て、

竹口さんいなくなって、山下さん来た。

来たっていうか帰ってきてくれました。

うれしいです。

うれしいです。で合ってる。うん、合ってる合ってる。合ってます。

こうして自分の感情にいちいち答え合わせしながら慎重に日記を進めているのは、我が身の正しい振る舞い方を見失って脳が混乱をきたしているせいです。

先ほど竹口さんが8月10日の赤ペンをくださったのですが、もうご覧になりましたかー?

半日費やして書かれたという4800字を前にわたしは舞い上がっています。すごい量、そして密度! 文字数は愛です!(AKB総選挙「票数は愛です」)

山下さんと一緒に競うように4800字の原稿を読んだのですが、山下さんが対抗して「わたしも5000字書くもん!」とか思わず口走っていらっしゃいました。山下さん、確かに聞きました! 文字数は愛です。よろしくお願いします。

竹口さん竹口さんっつってひっついて一生忘れませんとか言って名残を惜しんだのがつい一昨日のことなのに、その舌の根も乾かぬうちに今日は山下さんをおっかけて尻尾をぶんぶん振るという芸当が、わたしには、できるのです。目の前の人に全力で好意を寄せることが。自分の好意を最大瞬間風速で伝えないと、ってつい思ってしまうのです。

そしてそのことを恥じてもいるんです。

なんか…不誠実じゃない……?

わたし、対山下さん。とか、わたし、対竹口さん。とか、一対一の関係だと自分の捨て鉢の好意は問題になりません。しかし、場に複数人が同時に存在してしまうと、もうわたしはお手上げです。製造過程で顔に毒を盛られたアンパンマンみたいな感じ。特技を封じられたって言いたい比喩なんですけど。誰にも何も与えられない。毒入りアンパンマンに居場所はありません。

全方位外交だからって、その時々の気持ちに嘘があるわけではないのです。ただそれを、例えばこんなふうに誰もが見られる日記に書くとかいうことになると、じゃあ山下さんはどうなるの? 竹口さんはいいの? と、無邪気なままでは済まなくなった感情の数々に一気に齟齬が生じ始めるのです。

 

その苦しさを、滑稽さを、表現するのは今しかないとわたしは強く思いました。

髪や影に隠れていた自分の顔を総動員して、名実ともに、八方美人に、なりました。

やりたいからやった。文句あっか。(この台詞は、本当は今日実行するはずだった別企画や後ろに控えている他企画に対して放ったもの。順番待ちの企画たちに対する言い訳です。八方美人のくせに乱暴な物言いなのは、わたしの八方美人は人間と相対する時だけに限られるからです。)

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今日の「八方美人」プランについて具体的なご説明をすると、わたしが四方八方を向いて、描いた顔をとっかえひっかえしながらお客さんを褒めまくるというもの。顔ひとつにつき、ひとつ相手のいいところを褒めたら、方向転換して新たな顔で向かい合いまたひとつ。手の平の顔で素顔を覆って、ひとしきり褒めちぎった後で手(笑顔)を外し、本物の正面の真顔を見せる、そんなアイディアです。

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で、この通りに実行できたかというと、うすうす感づいてはいましたがラストのオチに毒がありすぎました。

見ず知らずのお客さんに、そこまで皮肉をぶつけなくても…と気がひけて、なかなか声をかけられません。

なけなしの勇気を抱いて、八方美人らしからぬ抑えたテンションで「あの…。わたし八方美人なんですけど…。お褒めしてもよろしいですか…?」(かなり気持ち悪いはず)と切り出すのですが、ど、ど、ど、どこ褒めよう! とパニックになって二の句が次げず、超気まずい空気になってしまったり。もうその時点で十分皮肉な作品でした。

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初対面の人について褒められるところってやっぱり外見に終止するわけですが、でも外見の特徴だけをあげつらっていくって自分がとても薄っぺらな人間になった気がして、やりきれんかったー! もっと、クスっと笑える褒め方をすればいいんだよな、とは思ったのですが、……例えば「まつげの向きが同じですね!」とか、「鎖骨が正しい位置についてますね!」とか「喉仏がいきいきしてますね!」とか。「髪のウェーブに知性が滲み出ていますね!」とか、「めがねに母性が溢れています!」とか、「そのお名前は免疫力が高いです!」とか。何それ。無理矢理内面に手を出そうとしてまた失敗した。

ものすごく面白くなりそうな企画だったのに、八方美人はうまくいかないという定説を抜け出せないまま終わってしまいました。あと、よく考えたら、八方美人の定義って「誰にでもいい顔をする人」ってだけで、「幾人もの自分がいかに相手におべっかを使えるか競う耐久レース」ってわけではなかったのでした。

 

八方美人とは何たるかを全く理解していない6歳児いさきちゃんには、にらめっこを通じて八方美人のナチュラルな魅力を本領発揮。

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ただいろんな方向に顔があるってだけでげらげら笑ってもらえて便利でした。

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ほうら、いさきちゃんの手のひらにお顔を描いたりもしたんです。

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おとな八方美人、こども八方美人ごっこ。まるで子ども好きみたいな写真をたくさんあげてしまってごめんなさいね。八方美人としてはこのへんで保護者のハートを奪っておきたいところ。

 

いさきちゃんの乱入で、八方美人らしさにこだわらずとも自分は既に八方美人だと気づいてからは、一個二個褒めたらそれでいいやと諦めもついて、あとはお客さんには後ろ顔横の顔下の顔、自分のいろんな顔を見せました。それで十分だったみたいです。

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--------本日の学芸員赤ペン------------------------------------------------------------------

 

八方美人。

なにやら思うところあったらしく、自らの現在の心境をリアルに表現したくなって、決まっていたプランを昨夜夜中に変更してまで生まれた作品です。どんな思うことがあったんでしょう。

 

くるみちゃんは日記の中で特に触れるでもなくさらりと進めていますが、みなさん気づかれましたか?くるみちゃんに横の顔ができていることを。後頭部だけでなく、ついに横の髪も剃り上げたことを。これによって2つだった顔が一気に2倍になりました。つまりいつでも使える表現の選択肢も増えたということですから、今後の展開に期待したいと思います。

「耳を鼻に見立てたい」というのは、今年の道場の当初からくるみちゃんが何度も口走っていたことですが、私としては、「耳はどうやっても耳にしか見えないでしょ」と、どちらかと言えば横の顔に懐疑的でした。しかし今回やってみて、その意見を完全撤回。鼻(ちょっとゆがんだ)にしか見えないですね。人間の目の補正力はすごいと思います。デジカメも横の顔で顔認識をしておられました。

 

そんな顔を総動員して相手を褒めまくるという今回の作品。最初のお客さまはノリノリで、褒められるにもいちいち楽しい反応をしてくださったので、くるみちゃんとしても褒め甲斐のある、褒めやすいお客さまでした。しかし世の中はそんなに甘くない。その後しばらくは「あの・・・お褒めしてもよろしいでしょうか・・・」と、何か変な敬語で話しかけては断られ。

そんな様子を見ていて気がつきました。

褒めるって、相手が受け入れてくれないとできないことなんだ。

褒めるということは、たとえ外見について褒めるのだとしても、相手の内側にぐっと踏み込んでいかなくてはなりません。お天気や季節の話とは違い、いきなり自分のことについて語られるわけですから、聞くほうにも軽く覚悟がいる。また、褒めるほうもずばり相手の話をするわけだから、言っていいことかどうか瞬時に判断しながら、相手に誤解なく伝わる言葉を選ばなくてはならない。その判断を誤まると、褒めていながら相手を怒らせる諸刃の刃ともなりうる、実は緊張感に満ちたコミュニケーションなのです。

そんな緊張を打ち破ってくれるのが数々の顔です。四方の顔と両手の平に作り笑いの顔をまとい、八方美人の権化となったくるみちゃんが、いぶかしむ雰囲気にもめげずに近づくと、とりあえずみなさん笑顔に。そこに付け入って、相手の顔色を読みながらボキャブラリーを総動員してそらぞらしくないように褒めると、さらにいろんな種類の笑顔が。

八方美人でもいっか。

 

本作は、コミュニケーションの生まれる瞬間の、微妙なかけひきのようなものを露わにしていておもしろかったです。相手に応じていろんな種類のニッコリを使い分けたり、そのにっこりの種類を読み取ってこちらもどこまで心を開くか算段したり。普段私たちもやっていることですが、改めて突きつけられるとドキドキします。

そう考えると、会社の営業の新人研修プログラムとかに使えるんじゃないかな。「これから初めて会う人のいいところを8つ褒めてきたまえ」とか。人材育成担当の皆さま、いかがでしょうか。ご活用の際の著作権使用料は若木くるみに、斡旋料は当館へお願いいたします。

 

坂本善三美術館 学芸員 山下弘子