8月26日 四畳半マンガ
山下さんが息抜きにどうぞと貸してくださったマンガ、「アオイホノオ」(島本和彦)がおもしろくて頭から離れず、延々考えていると美術館の畳の仕切りがマンガのコマ割りに見えてきました。
「四畳半マンガ」企画が生まれた瞬間でした。
企画実行日は火曜日にして、休館日である月曜日から、マンガ作りを始めました。
去年はちょうど張り替えの時期だったのでたたみに墨で汚せましたが、今年は原状復帰が原則です。
黒いビニールテープで絵を描きます。
切ったり貼ったりをちまちまやっていると、やっと一枚が完成したところでもう日が暮れていて、あたりにはまだ手つかずの気が遠くなるような広大な畳の地平が…。
普段マンガをそんなに読むほうではないわたしは、何か絵がコマ割りされていればマンガに見えるでしょ? と得意の見切り発車で適当に始めてしまったのですが、あっという間に手も足も出なくなり、資料…資料……と山下さんに再び「アオイホノオ」を持ってきていただきました。
そうか、シュタッとかガゴーンとかザッパーンとか、湯気みたいのとか雷とか光線とか、効果音と効果線を入れるとマンガっぽくなるのか!!
ページを開くごとに目からうろこが落ちるようで、どうやっても全部埋まりそうになかった数々のコマのイメージがやっと湧いてきました。
テーマはマラソンにします。
単調な競技なので、すべて走っているコマ一辺倒でも説明がつくと思ったから…。
そこからひたすら作業に没頭し、締切に追われるマンガ家の苦しみをいやというほど味わいました。
開館時間になっても仕上がりまでにはほど遠く、アシスタント(スタッフ、お客さん)総動員で、どうにか「っぽい」ところまで達しました。
一コマの密度が上がると、手の薄いコマの粗さが目について、手を入れても手を入れてもきりがないという悔いの残る時間切れでした。
四畳半マンガ企画は、ここで終わりではありません。
わたしがアシの皆さんをこき使って画作りを進めているわきで、服飾専攻出身のスタッフ梅木さんにはイグサの衣装を縫製してもらっていました。
アイテム1
そして、3Dメガネ。
こちらもスタッフ江藤さんの手作りです。
アイテム2
アイテム1を身に着けてたたみ人間になったわたしが、たたみを一枚外して横たわり、マンガの一コマになるのです。
そこでお客さんがアイテム2の3Dメガネをかけると、
たたみが、起き上がる!!
立体的に、なったでしょう!!
コマの範囲内で「タッタッタッタッ」「ハアハアハアハア」などと効果音つきで走り回って、とても臨場感のある立体映像をご提供致しました。
ビュンッ!
マンガ顔もビニールテープで細工しました。
山下さんがまつ毛のつもりでつけてくれた目尻のラインが、小じわにしか見えずにひどかったです。
まだまだ制作中だった午後に、アートっぽい方がお越しになって、彼はアニメーションの仕事をされているとのことでした。なんの気なしに「どちらのご出身なんですか?」と伺うと、「大作家(おおさっか)芸大です」。
!!!!!
この大学、この言い回し、今回の企画の発端になった島本和彦作「アオイホノオ」の主人公、ホノオくんの通っている大学(大阪芸大が舞台)の呼び名なんです。
山下さんと奇声をあげて、「まさにそのマンガを参考にして描きました!!」と島本先生ご本人を前にしたようなテンションで盛り上がりました。
「島本先生にツイートしたらアドバイスもらえると思いますよ。」
大作家大学出身のお方にこのようなありがたいアドバイスをいただけたので、あとでチャレンジしてみます。
翌日は抜け殻がコマを守りました。
こんこんと眠って日記書けず。
--------本日の学芸員赤ペン-----------------------------------------------------------------------------
休館日から引き続き徹夜の作業を経て、発表当日も制作し続けました。
くるみ先生のネーム(※マンガの下書きみたいなもの)は、休館日も、その夜も、先生の脳内メモ帳に記されたままでしたので、われわれアシスタントの出る幕はなく、気になりながら館を後にした時点でペン入れ(この場合ビニールテープ入れ?)されていた畳(コマ)はまだ7畳中2枚目の途中。ちなみに一コマの大きさ180cm×90㎝。
それでもくるみ先生の目はぎらぎらしていて制作に向かう集中力がすごい。今ならどんな激しい効果線でも描けそうな情熱っぷり。
そして翌朝、われわれが出勤したときには、先生のペン入れが7畳中5枚と少し。だいぶ進んだものの、まだ画面は白々とした印象。しかし、先生のペンが入ったことによってアシスタントが手を出せる場所がずいぶん出てきたので、ここからはスタッフ全員で手分けしてベタを塗ったり(貼ったり)背景を描いたり(貼ったり)消しゴムかけたり(はがしたり)ホワイト塗ったり(はがしたり)効果線描いたり(貼ったり)効果音描いたり(貼ったり)。先生の締切に間に合わせるためにアシも一致団結して手を動かしました。
しかしマンガというものは、白黒だけで、しかもほとんどが線だけで表現されていながらあれだけの情報量を一瞬にして読者に伝えるものすごいメディアだということを、ビニールテープで背景を作りながらつくづく思い知りました。線が多彩。線というものはなんと雄弁であることか。今回のくるみ先生の線も、ビニールテープをそのままで使った箇所はコマ割りの線くらいで、絵の部分は、細かく切ったり重ねて貼ったりして、太さや表情が実に多彩。イメージの絵を畳の上にビニールテープで作り出すためには、当然技法なんてなく、何とかして生み出すしかありません。技法と言うほどのものではなくても、とにかく切ったり貼ったり切ったり貼ったり切ったり貼ったり(以下省略)して、既成の線で妥協しないように粘りぬく。それしかないのだ。
そうして一つのコマに集中すると、となりのコマが気になってくる。今度はとなりのコマで切ったり貼ったり切ったり貼ったり(以下省略)すると、さっきのコマのあそこが気になってくる。そこでまた切ったり貼ったり切ったり貼ったり(本当に以下省略)。どこかで止めない限りどこまでもどこまでも手を入れたくなってくる。
おこがましすぎますが、漫画家の先生方も時間が許せばいつまでも原稿に手を入れたくなっちゃうちゃうんだろうなあと、遠い世界のアシ気分で思いました。
こうやって、ビニールテープで作ったとは思えない、ものすごい作業量の、2日がかりのマンガが完成しました。完成したと言うより、筆を置いたと言ったほうがいいかもしれません。いや、はさみを置いたというべきか?
このマンガの何がすごいかって、2日もかけてこれだけものすごい手数のマンガを作ったのに、これはほんの背景に過ぎないということです。Just しつらえ。日本語で言おう。ただのしつらえ。
お客さんがなんちゃって3Dメガネをかけると、一箇所畳を抜いたコマに横たわり絵となっていたくるみちゃんがおもむろに起き上がって動き出し、立体マンガになる、というのがこの作品の本当のキモ。つまり、これを成立させるための2日間だったのです。このパフォーマンスのリアリティを担保するのは、いかに地のマンガがリアリティを持っているか。いかにマンガらしいか。
制作2日、実演1分。
2日間、大変な作業の中で妥協を最低限までおさえ、立体の造形物では少しも力を発揮できないものの、実はすごく細かくて自在な表現をこなす若木くるみの描写力がモノを言った作品です。それに支えられたパフォーマンスの成功は、お客さんたちの反応に現われていたのではないでしょうか。
細部に神は宿る。です。
よくがんばりました。
坂本善三美術館 学芸員 山下弘子