ナイキのシュッ 8月27日

「八方美人」や「耳なし芳二」で耳を顔の中心に置くようになってからというもの、いろんな耳が気になるようになりました。

だれかと話しているときにも、肝心の話は上の空でついしげしげと相手の耳に見とれていた、そんなぼんやりが増えました。

 

皆の耳を見ていて気づいたのは、自分の耳ってシュッとしてるんだな、ということです。

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あごのラインの延長上からゆるやかな傾斜で生えてきて、目立たないよう空気を読んでいる耳っていうか…。ひっそり頭部に寄り添っている印象です。もしくは、顔にしがみついて空気抵抗を避けているような。

予備校でよく自画像を描いていた時には、正面からだと耳がほとんど見えなくて、顔も真っ平らな上に耳も無いって描きどころがなさすぎてどうにも画面が締まらないのでした。自己主張しない耳です。……耳己主張(じこしゅちょう)。

 

自己と言えば、予備校でも大学でもどこででも、巷に多く溢れている呪いの言葉、「自分にしかできない表現を」。

「自分の相撲」とか、「自分の野球」とか、「自分の走り」とか、「自分の絵」にしたって。

そんなもん、あるのかな。

自分が特別な何者かじゃなきゃいけないという強迫観念からそんなオンリーワン緊縛をされて、「自分にしかできない作品を」「自分だからこそできる作品を」と、わたしも、ずっと唱えています。そんなのないんだけどねと自嘲しながら。

 

しかし少なくとも、わたしのこのシュッとした耳はあまり一般的ではなさそうです。

このかたちを生かせば、「わたしにしかできない表現」の70%はすでに保障されていると思いました。

 

そこで見えてきたのが「ナイキのシュッ」。

ナイキブランドの顔、あの「シュッ」に、わたしの耳なら、なれそうです。顔は鼻(耳)で決まるっていうし。

 

決まったー!

もらったー!

70%!!

までは良かったのですが、問題はそこからの30%です。

肝心の造形をどうするか。

きっぱり言い切りますが、全く、見当もつきませんでした。

もう、ここはわたしはジタバタせずに、造形チーム+zenに丸投げしました。

 

「靴だから、2個ないと1足にならないから、顔用でひとつ、あと体用の大きい靴がほしいです。」

 

ホームセンターで打ち捨てられていた半額処分の子供用プールを芯にして、表皮のスニーカーっぽい質感は壁紙で、というところまでは付いて行けたのですが、設計図や型紙の段階になったところで尻尾を巻いて逃げました。恐ろしい世界でした。

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企画当日。

すっかりできあがっている靴のフォルム!!

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まずこちらが体に履く靴。

ペイントのみ担当しました。

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そして顔に履く靴。

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f:id:kurumi-zenzo2014:20140828080912j:plain耳の位置をトレースして、

f:id:kurumi-zenzo2014:20140828080817j:plainナイキのシュッ!!

 

造形はできないくせして、靴紐を通す穴から自分の髪の毛だしたい! とかそういう細部だけは譲らず、細い三つ編みづくり。

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朝から来てくれたお客さんがいて、まだ準備中なのが申し訳なく、暇ですよね? と三つ編みをお願いしたのですが、男の人って三つ編みしたことないんだ…。カルチャーショックを受けました。猫の手も借りたいと思っていたのがほんとに猫の手で、しかし山下指導員の特訓を受けてめきめき上達されていました。さすが器用! ピアニスト! ねこふんじゃった、です。

 

顔の靴、体の靴をセットしました。

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ちょっと試し履きしてきまーす! 

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おそるおそる走ってみました。

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おおーサイズ!! ぴったりです! 

足によく合ってます!

クッション性も問題ないですねー!

履き心地も軽いです!

通気性もいい!

 

夢が叶ったことがうれしくて正常な判断が出来なくなり、我を失って走りながら褒めちぎってしまいましたが、たぶんそんなに軽くはないし通気性に至ってはいいわけがなかった。

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みなさん、試走をあたたかく見守ってくださいました。わたしは耳の穴が両面テープでふさがっているため周囲の音が聞こえづらく、拍手で迎えてくださったことは後に写真で知りました。

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つま先がへたってしまったので修繕してもらっている間に靴底の描写をしました。

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f:id:kurumi-zenzo2014:20140828082433j:plainつま先も復活です。

 

再試走。

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やんややんやの喝采を浴びて、恥ずかしくなって耳を隠しました。

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今度はお客さんにも参加していただきました。

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f:id:kurumi-zenzo2014:20140828082453j:plain軽快な足取りです。

f:id:kurumi-zenzo2014:20140828082641j:plainパチパチパチ

 

ふたりでの並走も。

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f:id:kurumi-zenzo2014:20140828084724j:plainフィニッシュ! 

 

呼吸をそろえて、

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f:id:kurumi-zenzo2014:20140828084853j:plain左足がんばれ!

 

山下さんもお靴を召されました。

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f:id:kurumi-zenzo2014:20140828085043j:plain待ってー!

f:id:kurumi-zenzo2014:20140828085121j:plainおーい!

f:id:kurumi-zenzo2014:20140828085414j:plain右足やーい!

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f:id:kurumi-zenzo2014:20140828085158j:plain急いでください

f:id:kurumi-zenzo2014:20140828085437j:plainターン!

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わざと後ろを走って花を持たせて差し上げるつもりだったのですが、うっかり本気を出して先行してしまいました…。

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f:id:kurumi-zenzo2014:20140828085741j:plainお疲れさまでした!

 

遠近法を利用するとこんな写真も。

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顔パーツの破損をきっかけに、底がなくても十分靴っぽいという新たな次元に入りました。

 

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 髪の毛の三つ編みだけでぶら下がっています。

 

今後のさらなる展開がありそうで、大収穫でした。

皆さんわたしの夢を叶えてくださってありがとうございました!

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梅木さんのこの二日間はこのためにあったんだね! みんなで口々に言い合いました。立体造形のメイン担当梅木さんは、連日の激務がたたってこの日発熱で早退されてしまって…。

 わたしは、この力作をなんとかして次につなげようと切なく決意しました。

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ナイキの「シュッ」でした。

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---------本日の学芸員赤ペン-----------------------------------------------------------------------------

 

「ねえ、わたしナイキの靴になりたいの。」

 

大きな女の子の今日の注文は、大きな靴でした。

やれやれ。

 

くるみちゃんが中に入った上に、それを持って走り回っても原形を保つ強度と軽さ。そしてスニーカーらしいルックス。

こんな“やれやれ”注文が出されてから+zenの造形チーフはこれにかかりきり。そもそも何で作ればいいかあれこれみんなで考えた結果、選ばれた材料はビニールプールと壁紙。いつものように大きな女の子のイメージは完全なるイメージであり、現実と接地している面はほとんどない。それを現実に起こしていく作業はなかなか大変です。

ビニールプールとダンボールやパネルを駆使して靴らしい土台の形を作り、そこに壁紙を貼ってスニーカーの形にする。つまり、大きな紙2枚を使ってスニーカーの形を作り出していかなくてはならない。しかも土台の大きさは決まっているので、自由に型紙から切り出すわけにもいかない。材料の壁紙はギリギリしかないので失敗もできない。

しかし幸い造形チーフと中学校の杉先生は服飾学科出身。立体裁断の技術を活かして(なのか?)切ったり折ったり貼ったりして力技で靴に仕立てました。芸はくるみを助ける。靴の造形にかかった時間は丸二日。

くるみちゃんが大きな靴にナイキのマークをペイントしている間に、今度は頭につける(というか顔に履く)ナイキの靴の造形。後頭部が靴底で、履きこみ口にくるみちゃんの顔があり、三つ編みが靴紐になっている。そして側面には、この作品のオリジナリティの70%を支えるという耳を使ったナイキのマーク。くるみちゃんの頭に合った、かつ着脱できる靴の形を作り、頭に装着したら耳にあたる場所にぴったりくるように切込みを入れる。そしてそこから外耳の輪郭だけが見えるように耳を出す。

懸命な読者諸君はもうお気づきであろうが、「そしてそこから耳を出す」という、この1点のためのみにこの作品は存在しているのです。わかります?造形チーフの頭を散々悩ませ試行錯誤を繰り返した大きな靴も、頭の靴に小さく開けられた切込みから耳を出すためにあるのです。

もちろんこれは、この企画の発想の元にあったものなので、当然企画書にも書いてあるし、何度も話してわかっていたことではあるのですが、実際の労力としては圧倒的に

大きな靴>小さな靴の造形>切込みから耳

「切込みから耳」はもう付録というか、「ついで」ぐらいのことで、全体の造形からしてもサイズは耳のサイズ。極小。

なのに本日の主役。センター。ラスボス。

なんというか、ものすごく険しい洞窟の奥底で宝箱を発見してその中に小さな小さな砂金が入っていたとか、ものすごい深海にもぐって大きな大きな貝の中から小さな小さな真珠を見つけたというか。そこが面白いところではあるんですが、芸術って大変ですねえ。

 

大きな靴を履いて走っている様子の映像を見て、「夢が叶った!ずっと靴になりたかったんです!ほんっっっっっとにうれしい!!」と連呼するくるみちゃんですが、残念ながらそこにはあまり共感できませんでした。

「切込みから耳」と大きな靴との連携写真とか、大きな靴と小さな靴の並走とかがおもしろかった。しかし今日の作品は、靴の具現化というところでとどまっており、今後の展開のための試走、ならぬ試作、ととらえた方がいいかなと思います。

 

坂本善三美術館 学芸員 山下弘子