後ろ髪ひかれない 8月31日 回想4
反省モードに入るととめどなく後悔が溢れ出して、楽になりたい一心でつい自分を痛烈に糾弾してしまいましたが、しまった、そうすると赤ペンにも「自分のせいで」って苦しませてしまうんでした!
結局、会期中山下さんに自分の鬱屈をなかなか正直にぶつけられなかったのは、連帯責任だと思わせるのが忍びなかったからでもあった。志気が下がるのも心配だったし。
でもそうすると、わたしはネガティブなことを決して、チラとも考えてはいけないということになるな。八方美人は八方ふさがり。わたしは自分にもいい顔しようとしたし、周りにもいい顔しようとしました。手のかからない作家でいなくちゃ…みたいな。(とてもそうは思えないでしょうが。)
八方不美人のほうが、周りはやりやすかったんだろうなあ。そして去年はそれがとても自然にできていた…って、はっ! また! 去年の話!!
ここからは、身を切られる思いで山下さんへの不美人を全開にしていきます。
最終日の朝、山下さんからの突然の「今日わたしも後ろ髪剃るから。」宣言をくらって、正気を疑う自分の絶叫が車中にこだましました。
大丈夫だよ十円ハゲくらい髪で隠せちゃうし、とか、十円ハゲ、前ほんとに出来たことあるもん、などと説き伏せられて衝撃の第一波は去り、同乗していた友人の武内さんも、「わたしもこれからくるみちゃんと旅行するとき十円ハゲ作ってそこにちっちゃい顔描こうかなって、前から話してたじゃん」とかのんきなことを言い出すのですが、でも、武内さんの十円ハゲと山下さんの十円ハゲとでは全然重みが違うっていうか…。
なんで、って…、だって、や、やっぱり……お年だし……?
今剃った髪の毛がまた生えてくるなんて保証ないし…。
十円ハゲの可愛げという点で、山下さんの年季の入ったハゲって相当重いっていうか、ただ、だからこそ、それはおもしろいに決まっている! ずるーい! という気もちょっとしました。
最終日の朝9時が来ました。
開館です。
おひさまの注ぐ中、初めて会う方にも、顔見知りの方にも、そんなつもりじゃなかったであろう方にも、本当に多くのお客さまに、顔を描き、後ろ髪をひきしていただきました。
しあわせカップル(男性)
しあわせカップル(女性)
カップルはわたしが彼らと同い年だと知って愉快なリアクションをされていた。
武内さん
今朝、わたしの後頭部を7cmくらいてっぺんまで刈り上げてくれました。
ぬるゆさん
ぬるゆさんおとうさん。
おしどり夫婦です。
一月半、ご夫婦の離れに滞在させていただきました。人情を毎日毎日浴びました。
熊本の作家、ホーリーメンさん
昨年の他力本願寺にお参りしたおかげで、作品が特別賞をとれたそうです。でも、他力本願寺じゃなければ大賞だったんじゃないかな…。
他にもみなさんそれぞれにエピソードは満載なのですが、見返せば見返すほど胸のきしむ、和やかな「後ろ髪ひかれ」てない場面を、どうぞ写真にてお楽しみください。
本格的な雨模様になる前にひいてもらった後ろ髪の数々はだいたいこんな感じだったと思います。
ぶらさがった後ろ髪に合わせて、わたしは低い位置からスタートを切りました。
後ろ髪! ひかれ! ない!
もっと速く、もっと遠くに!
そう念じて、前かがみのままつんのめって次の足を飛ばしました。
踏み込むごとに体がちょっとだけうずもれるこの感覚!
石と石が足下でじゃかじゃか爆ぜるこの音!
初日にはずっしり重くうるさく感じた砂利道が、今日は楽団のマラカス隊みたいににぎやかな音色を響かせていました。
ここで起こった30日間のすべてを余すことなく体に叩き込もうと、足裏に踊る石ころを蹴散らしながら、一直線に美術館の前庭を駆け抜けました。
ジャッジャッジャッジャッ、後ろ髪ひかれてない!
ジャッジャッジャッジャッ、後ろ髪ひかれなかった!
このあと、土砂降りに。
ひっぱってすみませんあと一回で終わらせます!
---------本日の学芸員赤ペン-------------------------------------------------------------------------------------------
くるみちゃん。
年季入ってても髪、生えるし。
お年頃にまつわる発言については、私はなに呼ばわりされても作品の一部として光栄に受け取りますが、私の背後には、+zenメンバーはじめ同世代のみなさんがずらりと控えていることをゆめゆめ忘れないようにと、昨年から口をすっぱくして指導してきたはずです。
それなのにまたもやこんな発言しちゃって、じゃあ私と同い年のゲスト赤ペン竹口師匠はどうなるの。ねえ、竹口さん?
・・・あ、いや、今のはあの・・その・・・。
今後鬼の学芸員改め、傍若無人学芸員を名乗ります。すみませんでした。くるみのせいです。
さて。
いよいよスタートした最終日。
町内放送で「若木くるみ展がいよいよ今日までとなりました」とガンガン流した甲斐もあって、最後だから見に来たという町内の方も続々と集まってきました。町外の方ももちろん。初めて立ち寄った方、常連の方、去年も来てくださった方、会期中とてもお世話になった方々、さまざまな顔ぶれが庭にも館内にも揃い、美術館とくるみちゃんを楽しみながら、一人ずつ後ろ髪を引いてくださいました。
そもそもこの作品は、くるみちゃんの後頭部と巧妙にサイズをあわせた髪の毛が宙に浮かんでいる異様な光景からスタートします。ガムテープ部分の説明を除いて極簡単に作品の構造を申し上げると、くるみちゃんの後ろ髪となるこの髪の毛をぐっと引っ張ることで、お客さんは「くるみちゃん、行かないで!」を表現し、くるみちゃんはそれを猛然と振り切ってダッシュすることで、「ありがとう!でも行かなくちゃ!」を表現します。
しかし表面的には爽やか切ないストーリーをまとっていながら、走り出す姿を後ろから見ていると、おかっぱだと思っていた頭からぱかっと真白き後頭部が生まれ、本当に髪の毛を置いてっちゃったみたいに見えます。不謹慎ながら、おカツラが少々、おズレになっている方を発見したようなおかしさ。あぁっ!見てはいけないものを!みたいな。
そもそも本来、後ろ髪をひかれるのは、ひかれる側が主観的にそう感じるものであって、頼んでひいてもらうものではない。しかしこの作品は、強制的に後ろ髪をひかせた上に、頼んだ本人は後ろ髪を振り払って走り去ります。
走り去るあなたはいいけれど、私たちの手にはあなたの後ろ髪と皮膚が残るのよ。私もあの人もあの人も、あの人もあの人もあの人も、くるみのかけらを手元に残されてしまったのよ。ガムテープを握る指先に伝わるベリッと皮膚がはがれる感触は、知らないうちに私たちの見えない何かをもベリッとはがしているはず。チリチリと痛むその皮膚に、くるみをすり込んでいっているのよ。そうなったら後ろ髪ひかずにはいられないじゃない。
くるみちゃんにとって後ろ髪ひかれないための装置だったものが、いつの間にかみんなとっては後ろ髪ひかずにはいられない装置になり、同じ装置で逆ベクトルの気持ちが行き交います。お客さんが描いたくるみちゃんの顔と、くるみちゃんが描いたお客さんの顔が表裏一体となった後頭部ガムテープは、そのベクトルの交差点。いろんな表裏が集まれば、それはもう表裏だけじゃなく、横も斜めも上下もぐるり世界が一体となった交差点。
私も、年季が入っていようが重かろうが、その交差点目指して髪の毛剃るよ。
坂本善三美術館 学芸員 山下弘子