後ろ髪ひかれない 8月31日 回想7 ラストランそして卒業式
つづきです。
全力疾走から戻ると、お客さんが拍手で迎えてくれました。
わたしは山下さんが心臓発作でも起こしやしないかと気が気でなかったのですが、見ている方は皆笑顔でした。みんな、山下さんがご老体だってこと知らないんですね。別にわたしは山下さんの同世代の方をもまとめてご老体呼ばわりしているつもりは毛頭ありませんよ! 老体はあくまで山下さん個人に向けた形容です。以前京都でちょっとだけ、本当にちょっと、たったの2km弱です。歩かせただけで、「もう2か月分歩いた。」とかほざいておられたので、わたしは本当に心配しているんです。
一礼
体も硬い山下さん。沸き起こる拍手…。
うらの顔のおじぎをして、山下さんの「後ろ髪ひかれない」を締めました。
宙にわたしの後ろ髪と山下さんの後ろ髪とが仲良く浮かぶ中、再びお客さんとの「後ろ髪ひかれない」。
町民のぽっぽさん。
後ろ髪!
ひかれない!
いつも助けてくださいました。
人生相談に乗っていただいた時、ぼんやりした西日を受けて現れた妙なかたちの影帽子をわたしはきっと忘れません。オルゴールの頼りなげな調べを耳にくすぐらせ。
阿蘇のキタガワさん
企画書もたくさんいただきました。
後ろ髪!
ひかれてない!
次に予定している、先の見えないビジネスに、いちばん始めに乗っかってくださった奇特な方です。キタガワさんがおもしろがってくれたから、今年の道場もようやく弾みだしたんです。詐欺になったらどうしよう! 約束、待っていてください。
福岡のおねえさん
そしておにいさん
互いを撮り合うおにいさん
おねえさん。
「駆け込ん寺」(8月10日)にいらしてくださったおふたりは、ともに素晴らしい企画を考えてくださったのですが、ついに実行できずに終わってしまってわたしはずっと、後ろ髪を激しくひかれ続けていました。
後ろ髪!
ひかれてる!!
でも、来週結婚式だとか言ってニコニコいちゃついておられたので、まあいっか。
心からおめでとうございます! 後ろ髪、ひかれませんでした。
和歌山からお越しのお客さま。
クールビューティーです。
後ろ髪とガムテ、持ちましたね?
後ろ髪!
ひかれるわけない!
顔、すごくよく残っています!
ね!
正体はなんとなくしか明かして下さらなかったのですが、学芸員さんのようでした。最後、「またどこかで」と形式的な言葉をかけていただきましたが、「ぜひ、いつか当館で」とおっしゃるまで帰さなければよかったと後悔しています。
和歌山の学芸員さんに後ろ髪をひかれるわたしを見守る、スタッフの梅木さんと杉先生。
杉先生にもまだ後ろ髪をひかれていませんでした。
杉先生がいたから、
杉先生がいたから!!
後ろ髪ー!
ひかれない!!
ひかれなかったよ!
せんせい……っ
でも、絶対またどうにかして会ってやると思ったので、杉先生なんかに全然後ろ髪ひかれませんでした。
閉館15分前になりました。
最後の、「後ろ髪ひかれない」。
わたしがぎゃーぎゃー騒ぐので、スタッフの方の多くがサポートで庭に出払っている間、ひとり事務所を守ってくださっていたスタッフの時松さんに最終回をお願いします。
どうしよう…、わたしが最後でいいんですか?
恐縮させてしまいました。わたしは、時松さんに後ろ髪ひいてもらえて(強制してすみません)本当にうれしいです。
互いの顔が、
描けました。
後ろ髪と、ガムテープと。
「持ちました!」
では! 時松さんに!
後ろ髪!!
ひかれない!!!
くるみちゃん!
くるみちゃん!!
戻って!! やり直し!! テープ残ってる!!
ガムテープが剥がれずに、後頭部に残ってしまっていました。
今度こそ!
ひかれない!!
ひかれてないです!
にやにや走ってしまった。
さて。
どう終わろう。
4時頃、お客さんに「今日どう終わるの?」と聞かれたのですが、え…! どうって…閉館時間で終わりじゃだめですか……?
終わり方を考えていませんでした。
誰が言い出したのか、山下さんと、ふたりの後ろ髪を掲げて、庭を一周して締めることとなりました。
外は豪雨です。
傘を差していた山下さんも、竿を持つため両手を空けなくてはならず、あっという間にずぶ濡れに。
老体が心配!
行くよ!
遠くに小さくほら、我々の姿。
ただいま!
おつかれさまでした。
本当にありがとうございました。
…… 雨は、止みません。
初日に「若木くるみは天気まで操れる。聖徳太子云々」などと言われてしまったせいで、雨が止まないことに焦って、時間を、引き延ばそうとしたんでしょうかね。
それか、あんまりひどい雨だから、お客さんきっとまだ帰れないし、もう少し見せ場があってもいいのかなというサービス精神によるものだったのかもしれない。
自分でも驚いたのですが、わたしは、玄関口に立ち並ぶお客さんに向けて、台本にまるでなかった「2年目の制作道場を終えて」の挨拶を始めてしまったのでした。
「あっという間だったようにも、信じられないくらい長かったようにも思います」
「まさか、あるとは思っていなかった2年目でした。苦しいと思うこともありましたが、……こうして最終日の朝が来て、そして、今、本当に、終えることが、できそうです。」
「もっとこうすればよかったのではないか、ああすればよかったのではないか。まだ整理はできていませんが、それでも、今日の『後ろ髪ひかれない』は、わたしの今できるベストの表現だったと思います。」
「ありえないほどたくさんの方に応援していただいて…、本当に、恵まれた人生だったと……」
しあわせな、30日間でした。
…ありがとうございました。
……次。
山下さん。次です。
「…。」
「はい。まさかくるみちゃんがこんなタイムを設けるなんて思ってもみなかったので、何も用意していなくて、困ったなあという感じです。」
「(わたしと大差ない月並みな感謝の言葉)。」
「実は、くるみちゃんにもまだ伝えていないことなのですが」
「この場で、皆さんに、くるみちゃんに、宣言したいことがあります。」
「制作道場は」
「今年で、卒業します。」
「来年は、ありません。」
瞬間、轟く雷雨がしんと静まって、わたしは真空地帯に放り出され、ああ……おしまいなのかという寂寞と、だめだったのかという戦慄と、やっぱりなっていう諦念と、少しの安堵と、とにかく説明のつかない凍てつきで頭が真っ白になりました。
AKBの卒業発表よりショックだった。
ショックのあまり、しゃくりあげていたさっきまでの過呼吸がおさまって、ぐっと落ち着いてしまった。あんなに泣き乱していたくせに、まるでショックを受けていないかのように一生懸命平静さを装っていて、なんなの。プライドか?
こんなときにまで、素直になれないの? でした。
お客さんに、自分がどう見られるのかをすごく考えた。
山下さんの卒業宣言を耳にして、みんなまずとっさにわたしのほうを向いたと思うし(自意識過剰かな)、骨身に堪えていることを気取られてはいけないと、思いました。
ないと思っていたプライドがそうさせたのだと思う。
ろくなもんじゃないな。
わたしにだってわかってたもん、来年の話がタブーになってることぐらい気づいてたもんとか、フンだ別に3年目やりたかったわけじゃないもんとか、もうやりきったもんとか、ていうかもうできないもんとか、そうだっけほんとにやりきったんだっけ? とか。すごい低レベルな逡巡。
なんか、お互いの心の中でそっと育んできた「いつ言う? いつ口に出す?」っていうたいせつな別れ話を、全校集会で突然やられちゃって、何それわたしがふられたみたくなってんだけど!! みたいな。
もちろん山下さんの狙いは全然そういうものじゃなかったでしょうし、実際のお話の内容だって、わたしの仕事を立てるような美しく感動的なものだったと思うんですよ。でも、ナイキの耳にはそういうの全然届いてなかったですから!!
このタイミングでふられた! っていうショックで、肝心の、なぜ卒業するのかという情報が全く入ってきませんでした。
人間らしいでしょう。
すっかり明るさを取り戻したふりなんてしちゃってね。
ありがとうございましたー!!
バイバーイ!! (画面右下のたまちゃん…)
あらよっと。
にゃん…
雨は、あがりました。
すごい、この写真でこんなに感動させない文章構成、すごいでしょう。
でへへー。
わたしはこの翌々日、小国を発つため山下さんの運転する車に揺られながら、「山下さん! わたし全然納得できてないんですけど! 3年目やりたいんですけど!!」って直訴するのでしたが、その5日後にはもうひとりで勝手にケロっとして、「やっぱりあれ以上なんてない! (回想5をご参照ください)」ってすっきりしちゃってるので、自分の正直な気持ちにだいぶ編集の入った今の、このタイミングで最終日の日記が書けて、よかったです!!
最終回だからって感動を与えようだなんてちゃんちゃらおかしいですよ!
回想2の山下赤ペンに対する咆哮です。
『思いがけず、感動作品になるんじゃないかな。』
思いがけず、感動作品じゃなくできてよかった。
わたしは、感動に、髪も足も引っ張られずにまだまだ生きていくつもりです、終わらせたくないので。
ひっぱりにひっぱった全7回に渡るこの回想日記に、「女心と秋の空」とかいうタイトルをつけてひとつの企画にしたいぐらいだ。
なんて。
強がりましたが、この日ガムテープに皆さんが描いてくれたわたしの顔を、自分はこれから何度も何度も胸に広げて、一生。
一生支えにしていくのだと思います。
土砂降りの中、スマホ水没をも恐れず、身をなげうって撮影してくださった江藤さん、
立体造形が天才的にできないわたしの依頼を、道場主が眉をひそめようとも叶えてくださった梅木さん、
片付けるそばから事務所を荒らしまくるわたしに文句ひとつ言わず片付け続けてくださった時松さん、
スタッフでもないのに連日美術館に来ては作品作りに協力してくださって、さらに自主練の面倒までみてくださった杉先生、
みんながいたから、できました。
若木くるみとみんなの制作道場、2014。
ファイナルです。
みなさん ありがとうございました!
---------本日の学芸員赤ペン-----------------------------------------------------------------------------------------------
本日は長いので赤ペンも独立。
こちらをご覧ください。
(本日の学芸員赤ペン ー「後ろ髪ひかれない」回想7へー - 若木くるみの制作道場2014)
長いですよー。
坂本善三美術館 学芸員 山下弘子