8月3日 小国ダービー
じゃーん。
制作道場で競馬やりたい、オグニキャップって名前つけたい、手にもスニーカー履いて走るんだ(前足だという主張)、という思いだけがずっとあって、その他はなかなか決まらず、「で? (くるみちゃん走りたいだけでしょ?)」という山下さんの冷たい視線にさらされていたこの企画ですが、後頭部の顔を騎手にしたらいいんだ!! お客さんに騎手になってもらえばいいんだ!! と思いついてからは細部の造形を含め、アイディアがするする湧いてきました。
準備風景
たてがみならぬ、よこがみ
と言っても、競馬場に行ったことも馬券を買ったことも競馬新聞を見たこともなくシステムをほとんど知らないので、競馬好きの友人に電話して、ああでもないこうでもないとアイディアを練りました。
苦労したのは、馬券はどうするのか。
順位予想ができないとギャンブルにならない。
1位、2位、3位とか着順を予想して、3連単というのでしたっけ? 本格的レースを繰り広げたいところなのですが、普通のレースと違って、馬はわたし一頭のみ。タイムトライアルをして速い順に記録をつけていっても、最終的に順位が確定するのは閉館してからになってしまいます。しかもお客さんが何人参加するかわからない、つまり全部で何頭出走するか全貌がつかめないので、順位のつけようがないのです。
結果はウェブで! っていうのも味気ないし…。
そこで、お客さんには自分の馬が何位になるかを当ててもらうことにしました。7人目のお客さんの場合、1〜7位までのいずれかの数字を選べることになります。総数の少ない最初のお客さんのほうが圧倒的に有利な確率になってしまいますが、まあそこは目をつぶっていただいて…。
当たりの特典はあまり素敵なものだと不公平なルールに気づく人が出てきそうなので、外れてもちっとも悔しくないもの、そして当たるとほのかによろこびを感じられるものを目指しました。
今日は我ながら冴えていた。
見事順位が当たった人には、馬にエサを与える権利をプレゼントしたのです。
「鹿にエサを与えないでください」という但し書きが存在する以上、馬にエサをあげたい願望を胸に秘めて生きている人も相当数いるはずだと踏んだのです。それでいて、エサなんか別にやれなくたって、まあ諦めがつくでしょう? 美術館にはスタッフさんのお子さんを含め、たくさんうるさいのが来るので、景品を巡ってギャーギャー喧嘩でもされたらかなわんと思ってこっちも必死でした。どうしようもない景品でも、もらえないとなるとあいつらすぐに大騒ぎするので、ほんと馬鹿………じゃなかった、ほんとかわいいですよね。かわいい子どもたちは馬に人参でもあげときなさいよ、っと……。
準備整いました!
テントには小国ダービーの弱々しい垂れ幕、段ボール製の出走ゲート、パイプ椅子を並べた観客席、順位を掲示するホワイトボード。馬にはマスクにゼッケン、背中にまたがる小さな騎手の勝負服……と、準備はばっちりなのに、開館して2時間たってもお客さんは一人も現れません。今日は日曜日、なぜ誰も来ないのか? 暇を持て余して早めのご飯を始めた頃、ようやく待ちに待ったお客さんが。
第一出走者、ふたばちゃん。なんて美少女なんだ!
後頭部に描いてもらった騎手の顔もかわいいです。馬の名前は「もりパクッこふれターン」。ネーミングセンスはちょっとよくわからないけど、ふたばちゃんがつけてるんだからかわいいんだろうなあと思いました。
「オグニキャップ」とでかでかと馬の名前が書かれたゲートから馬は飛び出すのですが、そうなるとふたばちゃん命名の「もりパク」は出走ゲートを間違えたってことになるのかな? まあいいか、「もりパク」と騎手とが合体した、この馬人間を「オグニキャップ」とするか。
そんなことを考えながら走ってみると、タイムは20秒。初回とあってこれがベストの走りかどうかわからなかったのですが、最終結果では、もりパク号はブービーに沈んでしまいました。それでもこの時点では、順位予想1位の通り、結果も堂々の1位です! 人参を与えてもらいました。
レースは続きます。
コースの特徴を把握し、体のあたたまった馬はしばらくは走るたびに記録を更新し、お客さんの順位的中率もとても高かったのですが、猛烈な雨で馬場(ばば)が荒れたせいでタイムが落ちてきました(このフレーズをお客さんが使っていて、専門用語に興奮しました)。
手に靴を履くのも忘れてしまいました。
9番目に出走した「オグニシキョクチョウ」の記録がなかなか破れません。これはシキョクチョウ天下のまま終わると誰もが思っていました。
お客さん(兼騎手兼馬主)の順位予想も「7位!」「10位!」「18位」と完全に当てにいく夢のない数字が続いていたのですが、そんな中、ゆうこ騎手が「3位」と強気の予想を打ってきました。
殺生な…。と内心思ったものの、見てろよ! 闘志がメラメラと燃え上がります。下り坂のスピードを殺さぬよう、右、左、の細かいターンを無視して大股でショートカット気味に走り、一気に坂道を駆け上がり、左に舵を切って最後の直線。応援席の前の砂利道を前のめりの全力疾走!
ストップウォッチ係の、「おっ、これは!?」という驚きの声があがります。
「出ました! 初の16秒台!!」
ここにきてのベストに、ゆうこ騎手にはやんややんやの喝采です。順位予想は外れましたが馬のご褒美に特例として人参を食べさせてもらいました。
ゆうこ騎手をおぶってウイニングランまで。
次のローガン北里騎手の「コウソクシンキン」号がラストランとなりました。4位予想に応えられず結果は6位で、ピタリ賞も自己ベスト更新もなりませんでしたが、騎手と馬とのがっちりとした固い握手で絆を確かめ合いました。
「コウソクシンキン」、命名の由来は、信用金庫にお勤めのお父さんの「信金」と、馬の俊足を期待した「高速」を掛け合わせたものとばかり思っていましたが、どっこい、「心筋梗塞」の意と知ってぐっときました。しかも「ローガン北里」=「老眼北里」って…。老いを笑いにするなんてずるいと思いました。そんな武器もあるのか、よし、わたしも長生きしよう…、未来が明るく感じられました。
貴賓席の馬主、観客のみなさんのあつい応援を受け、一生懸命走ることができました。
(今書いていて、自分の馬が走る番だけじゃなく他の馬の番にもいつでも順位予想できるようなルールにしたら、レースの行方を見守る視線にも熱が入って、さらにわたしももっとたくさん人参をもらえただろうなと思いました。思いつかなかったなあ。)
小国ダービー 最終レース結果一覧 ()は出走順
1位(21番) ユウコスペシャル/ゆうこ 16秒88
2位(9番) オグニシキョクチョウ/宮崎 17秒35
3位(12番) ハシレウマクン/はしれうまくん 17秒43
4位(6番) クルミエンジェル/熊日小の 17秒56
5位(14番) サクホース/さく 17秒66
6位(18番) バリカンミルクック/ポコリーヌ 17秒68
7位(22番) コウソクシンキン/ローガン北里 17秒85
8位(13番) キマグレオジョウ/気まぐれお嬢 17秒90
9位(11番) ズベノホマレ/ズベ 18秒16
10位(16番) ボニュウテイオウ/母乳テイオー 18秒20
11位(7番) マンタン/トンタン 18秒23
12位(10番) ウメボシダイゴテン/なおみ 18秒26
13位(8番) モモバクダン/こうのすけ 18秒58
14位(20番) ジィノセナカ/おばば 18秒63
15位(15番) マウマー/マウマー 18秒73
16位(17番) ヘンスギルグライヘンダー/直太朗18秒80
17位(3番) ゼンゾーイチバン/道場主 19秒00
18位(2番) ゴーゴーウンカイ/しほ 19秒55
19位(5番) リンタロー/植木 19秒85
20位(19番) ミノゴゴゴ/みの 20秒10
21位(1番) モリパクッコフレターン/ふたば 21秒00
22位(4番) グリーンポケット/ゆかモン 22秒00
番外編1
後頭部コラボ!!
番外編2
「キマグレオジョウ」号に騎乗した女の子の、帰宅後の写真。
首に描いた顔に、靴下のしっぽ!
おかあさん曰く、
「あのあと出走馬の名前を紙に書いてと言い…
服に貼付け…
着順を予想しろと言い…
ヒヒーンといななきながら家を駆け回っていました^^
ギャロップで〜(^ー^)
ここだけオリジナル!!」
独自のアレンジまで加えるほど粘り強く馬遊びをしてくれているなんて、全然気まぐれじゃないのでした。これからあなたのことをライバル視していきます。
-----本日の学芸員赤ペン---------------------------
くるみちゃんの作品にしばしば見られるように、本作品も「オグニキャップ」と言いたかったために始まった、ダジャレ(よく言えば言葉遊び)由来の作品です。ダジャレ由来にふさわしく、作品自体も大変楽しませていただきました。
今回の作品のおもしろさ第1点目は「競馬」という具体的なモチーフにもとづく細部の造形のおもしろさです。
まず馬の造形。馬のお面は2日目に使った「馬力ジョーバ」と同じものですが、競馬の馬らしくマスクをしています。このマスク、高校は服飾学科出身という小国中学校美術の杉先生の手による立体裁断。これがあるだけでいきなり競馬らしさがアップしますね。馬力ジョーバのときと同じお面だとは思えない変貌を遂げています。
そして背中に背負ったジョッキー。ペラペラの1枚布に絵の具で描いて切り抜いたものです。ずいぶん小さなサイズですが、実際ジョッキーの皆さんは小柄な方が多いらしいし、くるみちゃんを馬だとするなら縮尺的にちょうどいい大きさなのかもしれません。よく見るとくるみ馬の背中に安全ピンでしがみつき、手綱をぐっと引いています
さらには「第1回小国ダービー」の横断幕、出走ゲート、貴賓席など、われわれ競馬未経験者たちの思いつく限りのイメージで構成された競馬場“風”のしつらえ。
くるみちゃんの作品は、中でも特に作りこみに時間をかけられない制作道場では、よく見るとかなり大雑把な造形なんだけど、その大雑把さがかえってみる側の脳内補正を促し、何だかひどくそれらしく見えるということがよくあります。脳内補正があるということは、当然「それとして見る」という観客の皆さんのご協力があって成り立つもの。皆さんを協力へと導く能力がくるみちゃんにはあるといってもいいでしょう。
果たしてこれは造形を褒めていることになっているのでしょうか。
さて、みんなで競馬場だと見なしあった美術館前庭競馬場一周のコースをくるみ馬が疾走します。その走りが実に馬らしい。これが本作のおもしろさ第2点目です。あるお客さまが「若木さんのスプリントが見られるなんて!」とおっしゃっていましたが、いつもくるみちゃんが走っている長距離走とは違って、全力疾走の短距離走。つやつやの茶色の衣装とマラソンで鍛えあげた筋肉がますます馬らしさを強調します。特にコース最後の直線のドドドドッという疾走は、別に馬のまねをしているわけではないのに非常に馬的でした。こういうところがくるみちゃんのパフォーマンス力で、全力疾走したらどう見えるかということが、自然と計算できるのだと思います。女優ですね。
そして忘れてはならないもう一つのおもしろポイントは、お客さんの参加です。お客さんの参加は、これまでにも後ろの顔を描く企画などで度々ありましたが、今回は「応援できる」というところが新しいところです。自分が命名した馬に、自分が顔を描いたジョッキーを乗せ、その馬が何位に入るか予想します。ハラハラドキドキ…とまではいかなくても、自分の馬ということになれば頑張ってほしいし、自分のためにくるみちゃんが走ってくれてるんだし、と思うと、参加気分も格段に盛り上がります。順位予想の的中度を競うものだったので、相手を蹴落とす感じにならなかったのもよかったですね。大声で自分の馬の名前を叫びながら応援したり、抽選の当たりを調べるようにタイムと順位を照らし合わせ、小さく喜んだり残念がったり。「応援」って、たとえ応援するものが同じでなくても、一緒に応援する状況にあると一体感がうまれるものなんだな。
自宅で後ろの顔を作っちゃうギャロップ少女が誕生するほどの楽しい夏の思い出。
坂本善三美術館 学芸員 山下弘子