休館日
美術館は月曜日がおやすみです。
制作道場が始まって、1週間が経ちました。
昨晩山下さんが家のネット接続の不具合などをもろもろ見に来てくれて、ブログに写真入れられない問題も解決したのですが、「あ〜わたしも赤ペン書かないと〜。でも書くことないんだもん」だそうでした。
ガーン
おもしろい企画には赤ペンを入れる必要がないからだなと思いました。
もっとやんちゃしないといけないなと思いました。
だから、書かないほうが良いと思って封印していた自分の気持ちをやっぱり出してしまうことにしました。
書けなかった初日に、考えていたことです。
1週間前まで巻き戻して、読んで下さい。
ーーーーーーーーーふりだしに戻る追記ーーーーーーーーーーー
日記適当にして、みなさん山下さんすみません。
初回からイエローカード出されてしまいました。
山下さんのつけてくれた赤ペンを読んで、やっぱり赤ペン先生はすごいなあ、どんなパスもシュートしてくれる万能赤ペンなんだなあと思いました。
一生ついていきます!
…赤ペンを読んで、わたしもやっと、日記を書きたくなりました。
去年のこの企画は、何回走らなければというノルマはなく、最終的にどんな回数になったとしても、すばらしい記録だと言うことが出来ました。830回がすごいのかしょぼいのか、誰にもわからないからです。
でも今年は、830という最低限超えなくてはならない目標がありました。
ホワイトボードのチェックがなかなか思うように減らなくて、時間内に830回走りきれるか不安でした。
照りつける日差しは熱く、砂利の感触は重く、水と塩をたびたび補給しました。
最後の1時間はぎりぎりでした。刻々と進む時計の針とボードに記されたチェックとをヒヤヒヤ見比べ、息を切らしてでき得る限りの全速力で駆けました。
…書くことこれだけあるのに、なぜこれを1週間前に書けなかったのか。
「わかってもらえない」って、思ってしまったんです。
朝9時スタート、夕方5時ゴールの8時間制限の、ちょうど真ん中の午後1時でした。
チェックの減るスピードが落ちてきていることに焦ったわたしが「やばいです間に合わないかもしれないです!」と叫ぶと、「間に合うって! あと4時間もあるじゃない。もうあとこれだけでしょ?」って、うわあーわかってなーい! って、なんか、どかーんって、気持ちがさーっとひいちゃったんです。
くぁーっ、前半のペースが突然ガクッと落ちちゃうのとか常識じゃん! いつ脚がつぶれるのかわからないから怖いんじゃん! 脚が終わったらペースは落ちる一方だから今いくら貯金があっても安心できないのに、もう、わかってない全然わかってない!
もちろんそんなことは世間一般の常識じゃありません。ならばその時の自分の理不尽な憤りをその通りに伝えればいいのに、話したところでどうせ…といじけてしまった。
実際その瞬間は呼吸も苦しく、砂利音がうるさくて山下さんの小さな声はほぼ聞き取れないし、時間との勝負で話している余裕がなかったのもありますが、でもそんなことじゃなくもっと根っこのほうでわたしは、今の自分の「走り」に対する切迫した熱情をおそらく理解してはもらえまいと思っていました。
今年の制作道場が始まる直前、山下さんとの間でこんなやりとりがありました。
来月参加する厳しいマラソン大会に向けて、トレーニングにもなるような体を追い込む企画をたくさんしたいと言うわたしに、「いやいや、マラソンが優先順位の1番なのはおかしいでしょ、まず制作道場があっての、でしょ?」と諭す山下さん。
うーん。
そうかなー。
たしかに……。
そうだよなー。
でも……。
でも、あれ? 山下さんだって今年は家族旅行に行くから1日はお休みほしいって言ってゲスト赤ペン呼んだりするんじゃない。それは? それは家族が1番なんですよね? ……とは、まさか言えないじゃないですか。わたしと仕事とどっちが大事なのって詰め寄る愛情溢れるバカ女みたいじゃないですか。第一、こっちだってさすがにそんなこと思ってないしね。家族と過ごすべき貴重な時間をただでさえ今ものすごく奪っちゃっていて、申し訳ないなあと思っています。
でも、頭ではそう納得して落ち着こうとしていても、「わたしばっかり」という不幸スパイラルの源みたいなつまらない気持ちがどこか残っていて、そんなことを思っている自分がまず最悪すぎるし、だけどなんかもう企画書出しても出しても山下さんの評価は去年の終盤並みに厳しくなっていてあんまり笑顔も見られなくて、そうするとアイディア出すのもこわくなるし、そんな自分の発想力の乏しさなんかもいろいろ全部ごっちゃにして、制作道場つらいな…と思っていたらゴール目前に土砂降りになった。
そりゃあ、雨も降るわな。
自分のじくじく膿んだ気持ちを天に見透かされているようだった。
心は空模様と同じく大荒れだったのに、皆は手を叩いて喜んでくれていて、わたしも一緒に感動しようとすればするほど、本音はますます暗いほうに沈んでいきました。
簡単に言うと、すねちゃったんですね。呆れてください。
制作道場<マラソン
なわけではないのです。もちろん。
でも、どっちも捨てられない。
わたしは何も諦めたくない。どうしても叶えたいことがいくつもあるんです。強欲なんです。
本気でやれば、必死で本気でやっていれば、きっと何か伝わるものがあるはずだから。
…なかったとしても、自分さえ、伝わるはずって思い込むことができたなら、その自己満足の幸福な光がもしかして周りに伝染することだってあるかもしれないから、だから、やる、やらせて下さい。全部やらないと。
必死、本気、絶対。
制作道場、見ていてください。
もう一度、明日からよろしくお願いします。
-----休館日の学芸員赤ペン----------------------------------------------------------
くるみちゃんの日記が調子が出てきてよかったです。
くるみちゃんが初日にすねていたなんてちっとも気づきませんでした。人間同士って、基本、分かり合えないというところからスタートしているんだな。わかったと思っている部分なんて、その人の全体像からすると、ごくごく表面の一部でにすぎなくて、それも「わかったと思った」だけで、ほんとうに「わかった」かどうかはわからない。でも、そのわかったかもしれないほんの一部にはわかっていない大部分がにじみ出ていて、それがほんの少し垣間見えるわかったかもしれない一部にそれぞれの色を作り出し、その色にひかれて親友になったり結婚したりするんだろうな。たとえほんの一部しかわかっていなくても。
くるみちゃんのことは、わかんないことがいっぱいあるからもっともっと見ていたいと思うんだよ。わかりあえないって素晴らしい。わかったと思うなんておこがましい。
・・・・・・・、でもさ。
ふつう、「無理かもしれない!」って言われたら、「そんなことないよ!」って励ますじゃん。250kmとか500㎞とか走ろうとする人の気持ちなんてわからんし。「制作<マラソン」の話だって、制作の打ち合わせの時に「このぐらいやんないとスパルタスロン完走できないし!」っていうセリフを聞くと、「いやいや、作品の完成の基準はそこじゃないだろう」と思うでしょ。そりゃあ、今年は1日お休みをいただいてちょっと旅立っちゃいますけど、「ゲスト赤ペン」という新しい風が吹けば、制作のマンネリ化も防げるし、くるみちゃんも新しいアイディア降ってくるかもしれないでしょ?「道場主の不在」っていうのも新しい展開じゃん。お土産も買ってくるし。
こんなふうにわかりあえないのがコミュニケーションの本質。そんな別々の世界を持ったわかりあえない同士で作り上げる世界がきっと本当に新しい世界。
強欲の末の全獲得、期待してます。
坂本善三美術館 学芸員 山下弘子