ホタル改め 8月16日
「八方美人」を期に、誠実さについてよく考えるようになって、よみがえった記憶があります。
いくつぐらいの時だったでしょうか。ビリージョエルの、確か歌詞カードか何かを見ていたのだと思います。母親に、「ホネスティってどういう意味?」と聞いて大笑いされたのでした。
HONESTYと書くけど、Hは発音しない。オネスティと読むのだとその時知りました。
オネスティ、和訳は「誠実」。
Hは読まないなんて、そんな勝手なルールどっから来たんだと思って長らく根に持っていました。日本語でそれやっちゃうと、「ふせいじつ(不誠実)」も、「うせいじつ(有誠実)」になるではないか。それこそ不誠実ではないか。
H問題は、子ども心に強い不信感として残りました。
今回、発電ルームランナーを使ってお尻を光らせるホタル企画を出してから、もうひとひねり! と保留が続いていたのですが、ひょっこり姿を現したそんな記憶のほつれが、ホタルの突破口になりました。
Hの出番です。
ホタルをオタルにすればいい! 決まりました。
オタル、ご存知でしょうか?
小樽は北海道のまちです。ガラスやオルゴールや運河で有名な観光地です。
わたしの小樽の思い出は、中学校の修学旅行での、夜景を背景にした集合写真。天候のせいでうまくとれなかったとかで、でき上がった写真にはキラキラと輝く夜景が合成されていたのでした。
え……、と思いました。
きょ、教育の現場が率先して思い出をねつ造するのは、いいんだ…。
ピュアだったわたしは面食らいました。今では、言いよどむ真実よりも言い切った嘘のほうが時として美しいということがわかります。それが誠実であるかどうかは別として。
ルームランナー発電で点灯させるのはホタル用のお尻につけた電球で、小樽用の電飾は館内のコンセントに挿して常時光らせておきます。
ホタル
小樽が強すぎて存在感のないホタル
画面下、電飾コードで北海道
体に電飾コードを巻き付けてもらう時に山下さんの眼鏡が妖しく光って、ドスの効いた声で「電飾緊縛!」と言われたので驚きました。亀甲縛りでお願いします!!
わたしは、「ホタル」から「ホテル」のイルミネーションを発想してもいいところを「小樽」の夜景に飛べた自分のロマンチックな感性に満足していたのに、緊縛とか言われてぶち壊しでした。
緊縛されたあげく、髪型はホタルの触覚をイメージしたツインテールに。年甲斐もないのは重々承知の上でございます。どうか現実が見えていないおばさんだと思われませんように…。
ルームランナーで発汗した水分を補給するための水は、「こっちのみーずはあーまいぞ」からなぞった甘い水と苦い水の二種類を用意。ベースは昨日のホタル湯の温泉水、トッピングはそれぞれミニトマトとゴーヤです。二股に分かれたストローですすります。強く吸引してもほんの少ししか飲めません。緊縛とツインテールに次ぐSな仕打ちはもちろん山下さんの手によるものです。
強い喉の乾きにゴーヤ水を直接すする
懸命に走っても光量が安定せず、実にホタルらしくチカ、チカとしか点かない12ワットの電球に、「ラジオだとゆっくり歩いてもすぐ点くんですけどねえ…。声を出す生物はたくさんいるけど、光る生物って少ないじゃないですか。やっぱりエネルギーがすごくいるからなんだと思います。いかにホタルが身をすり減らして光っているのか、大変さがよくわかりました。」とかもっともらしいことをお客さんに説明していたのですが、蛍光灯をLED球に換えたらなんてことなく楽に点いてしまって、どのセールストークで自分の頑張りを売り込もうか、一からやり直しです。
しかも明るい
そんな時は人呼んでドS学芸員、山下さんの登場。わたしが楽に走っていると、すかさず2口コンセントを持ってきて発電装置につながれました。お尻のLED球に加え、夜景電飾の発電もいっぺんにまかなおうではないかという腹づもりです。
エネルギーは十分と思ったのですが、速力を上げても同時点灯はならず。どちらか一方に多くエネルギーが流れていってしまうようで、力が両方に均等に割り振られるわけではなさそうでした。
電飾とLED球をコンセントに挿した場合、電飾が負け、LED球が点きます。LED球を抜くと、電飾がパッと光ります。視覚的にその切り替わりがとても面白いので、走りながらコンセントを抜き差しして楽しみました。
自分で走って発光させていた電気ですが、そういやお客さんに発電してもらえばいいことに気づきました。しかし、他人エネルギーでお尻が輝いても自分がホタルだという実感はまるで希薄で、こういうまとめ方をすると小学校の自由研究で花まるをもらえそうですね。
山下さんにも発電していただきました。
生真面目で謙虚なわたくしは、山下さんに走らせて自分だけが光るという状況に耐えきれず、お尻をくっつけて発電元の山下さんもホタルに見えるようにしました。あと、山下さんが、自分を犠牲にするような無私の精神の持ち主だとは思いたくなかったから。
悪態をつきづらくなるからです。
------本日の学芸員赤ペン----------------------------------------------------------------------------
私はいつも、どうすればくるみちゃんが存分に力を発揮できるかだけを無私の精神で考えています。そのためなら何呼ばわりでも甘んじますよ(ニコッ)。
さて。
ホタル改めHOTARU(オタルと読む)。フランス人なら納得の言葉遊びです。
得意の言葉遊びシリーズながら、ホタルであるところのお尻の電球は自身の力で光り、小樽であるところの電飾は供給電力で光るという点でつじつまがあっています。また、小樽電飾がいかにも人工的にチカチカと点滅するのに対して、ホタル電球はいつ光るかわからないはかなさで人々の注目を集めるという点でも、それぞれらしさを表わしていました。
それに付随して、ホタルと言えば苦い水と甘い水。今日のホタルは、歌詞にあるような選択する権利は与えられておらず、どっちの水が吸われるのかわからない装置を使ってのギャンブル給水です。この装置について、くるみちゃんは私の仕業といいますが、くるみちゃんの企画書どおりに再現したに過ぎません。ほんのちょっとストローが長くなっただけです。
「ホタル」と言えばみんなが思い出すようなわかりやすいこれらの小道具は、一見ふざけているようで、実はぐっと作品に幅を持たせています。ツインテールの触覚といい、甘い水といい、ホタルのリアリティの担保には何の力も発揮しませんが、「これをホタルと見なす」という想像力の共同作業を促すには非常に有効で、これを通過することによって、見る人を作品世界の中に自然に引き込んでいきます。それもくすくす笑いと共に。くるみちゃんのツインテールを見て、「触覚!」と吹き出したあなたは、既に客観的ではなく、どっぷり中に浸かりきっているのです。
ところで、ホタルの電球ですが、最初に装着していた電球は蛍光球。後から装着したのはLED球。電飾もLED。走っているのを見ていると、100対3くらい(山下実感比)の労力の違いがあります。この発電装置は、何にどれだけの電力が必要なものなのか、目に見えて、しかも体の疲れを使って知ることができます。楽しい環境教育にぴったり。若木くるみ印で量産して教育機関に押し売ってみてはどうでしょう。
坂本善三美術館 学芸員 山下弘子